うまれる ずっと、いっしょ。|映画『うまれる』

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うまれる ずっと、いっしょ。

体験談より:ラブドイド腫瘍で7ヶ月の生涯を終えた息子を見送って

息子が生後3ヶ月の時、
体調不良が長引いていたため、かかりつけ医から紹介され、
そのまま地元の大きな病院で検査を受けることになりました。

その日の午後は詳しい検査はやっていないと聞いていたのに、
数時間かかって検査が行われ、嫌な予感がしていましたが、
こういう場合は大抵取り越し苦労だから大丈夫だと
自分に言い聞かせていました。

検査の結果、腎臓にかなり大きな腫瘍があることと、
血圧が通常値の倍の160あり、このまま家に帰れる状態ではないので、
小児科全員の管理の下一晩入院し、
朝一に救急車でこども病院に転院して詳しい検査をするという説明を受けました。

順調に成長し、二人目育児にも少しずつ慣れてきた頃の突然の出来事に、
私の思考は凍りつきました。

息子と二人きりの暗い病室で、
不安と恐怖に押し潰されそうになりながら夜を明かしました。

転院先では、更に肺への転移もあり、
早急に手術をして腫瘍の種類を特定し、
一刻も早く治療を始めた方がよいと告げられました。

数日後、手術で取りきれる腹部の腫瘍は全部切除できましたが、
ラブドイド腫瘍という極めて予後の悪い腫瘍が
腎臓を破壊するほどまでに大きくなっていたことがわかりました。

この腫瘍は年間数人ほどしか発症せず、
進行が早く転移しやすい上に抗がん剤が効きにくく、
治療法も確立されていないため、数ヵ月で命を落とすこともあるという、
余命宣告のような告知を受けました。

体調の異変から入院、手術、化学療法と
あまりにハイスピードで事態が進み、
せめて気持ちの整理がつくまで時間を止めて欲しいと
何度も何度も思いました。

間もなく地球が滅亡すると言われても、
今後驚かないだろうと思うほどの受け入れがたい出来事でした。

もっと現実に目を向けなければいけなかったのに、
私はあまりにも弱い母親で、全く気持ちが追い付かず、
ただただ奇跡の回復を信じることでしか自分を支えることができず、
家族や病気と闘う息子のことを思いやる余裕もありませんでした。

心身ともに極限状態で何もできない自分が情けなくて、
母として、妻として、人としても失格だと責めて、
更に追い詰めていました。

つらくても現実を受け入れようとしていた夫とも度々衝突し、
気持ちを吐き出すこともできなくなっていきました。

ドラマや映画では美談が印象に残りますが、
現実はお互い生きた心地がしないような精神状態の中、

仕事や家事や上の子の世話などもあり、
家族が団結して支え合うのはとても大変なことだと痛感しました。

最初は抗がん剤が効いて腫瘍が小さくなっているように見えましたが、
治療中にもかかわらず腫瘍が急激に大きくなり、
この先治療を続けていくことが難しくなりました。

治療をやめるということは死を覚悟するということで、
息子が元気になることだけを支えにしてきた私には苦渋の決断でした。

りんごのすりおろしをおいしそうに完食してくれたこと、
たった100mlのミルクを吐かずに飲んでくれたこと、
青い空の下に咲き誇る桜を一緒に見たこと、
いつもかわいい笑顔を見せてくれたこと、

当たり前のような些細な出来事の一つ一つに感激し、
幸せを感じました。

そして約4か月の闘病の末、
7か月の生涯を終えました。

息子を家に連れて帰ってきたとき

「これからはずっと一緒にいられる、
息子はつらい治療から解放され苦しまずにすむ」

と複雑な気持ちになり、

いつ何が起こるかわからないという緊張の糸がぷつっと切れ、
慌ただしく病院通いをしていた時間が空白になり、
寂しさが襲ってきました。

こども病院に入院して、
こんなにもたくさんの親子が難病と闘っているのかと衝撃を受けました。

なぜ罪のない子供達が病気にならなければならないのだろう?
命懸けで何を伝えるために生まれてきたのだろう?
と入院中に考えていました。

いつも大きな瞳で何かを訴えるように
私を見つめてくる息子を見ながら、
きっと私達を幸せにするために生まれてきたのだと思いました。

毎日何事もなく過ごせることや、
入院しても元気になって家に帰れること、
24時間我が子と一緒にいられることがどんなにありがたいことか、
息子が教えてくれました。

息子が病気になったことや
亡くなってしまったことも決してかわいそうなことではなく、

命の重さはどの子も同じで、
息子という存在があるからこそ幸せになれたので、
他の子達と同じように接して欲しいと願っています。

そして息子が亡くなって数か月が経った頃、
私達家族を繋ぐかのように次女を授かりました。

次女は私達を癒してくれる天使のような存在でしたが、
「子供は何人?女の子ばかり?」というような
何気ない会話は今でもつらいですが、
当時は胸を締め付けられるような想いでした。

念願の男の子を失った悲しみから、
もう一度この手に男の子を抱きたいと強く思うようになりました。

しかし高齢になってきたこともあり、
なかなか赤ちゃんを授かることができず、
焦りもあったし、
ずっと男の子のお母さんが羨ましくてしょうがなかったです。

こんなことを望むなんてエゴ極まりないし、
息子が戻ってきてくれるわけではないことはわかっていても、
どうしても諦めきれませんでした。

不妊と流産も経験し、
今まで苦労なく元気な赤ちゃんを授かってきたことが、
どんなに奇跡的なことだったのかと身をもって感じました。

そしてようやく誕生した第四子は・・・
女の子でした。

この子が最後の子になるだろうと思っていたので、
性別が判明したときは正直ショックを受けました。

ショックを受けてしまった自分にも落胆しました。

もう一人子供が欲しいと思ったときに、
希望の性別ではないかもしれないし、
息子のように難病を抱えて生まれてくるかもしれないということも
もちろん考えました。

だけどどんなに大変でも、
どんなに受け入れるのに時間がかかっても、
生まなきゃよかったと後悔することはないと確信できたので
チャレンジすることにしました。

生まれてきた三女はとてもかわいく、
三女のおかげで呪いのようだった長年の想いからやっと解放されました。

子供達はそれぞれ違うことを私に教えてくれ、
幸せにしてくれ、感謝でいっぱいです。

そしてどんなにつらいときでも私を見捨てず、
一番大切だと言って支え続けてくれた夫にも感謝でいっぱいです。

みんなありがとう、大好き!!

私の投稿を読んで不快に思う方もいるかもしれないし、
自分の不甲斐ない姿を公表することに迷いもありました。

私は強くて立派な母親ではないからこそ、
同じように悩んで苦しんでいる方の気持ちが少しでも軽くなって欲しいと思い、
投稿に至りました。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

(投稿者:mさん)

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★ 映画『うまれる』の体験談より
http://www.umareru.jp/experience/

★ 「闘病」に関するブログはこちら
http://www.umareru.jp/blog/cat172/

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