『こどもかいぎ』は
「お蔵入り」になる予定だった



前作『ママをやめてもいいですか!?』は2020年2月公開。
ええ……。コロナの影響で大打撃をうけました。

公開3日前に初の緊急事態宣言。


初日の上映には20人くらいのお客さんしかいなくて
、悔しくて、悲しくて、涙が出ました。

子育てをしている人たちにエールを込めて、数年間かけて、一生懸命、作ったのに……。


僕たちのような小さなプロダクションでも、毎回、家一軒分くらいの費用をかけて映画を作るので、シャレにならないほど、インパクトは大きかった。


そうしている間に、映画観賞のスタイルはNetflixのようなサブスクに移行していく。

映画館で、自主上映会で、みんなで映画を見る。
そんな文化・習慣は廃れていきました......。


もう、僕らが作るような映画は、見てもらえないのだろうか???



悩みに悩む中、すでに撮影を進めていた『うまれる』の続編は、苦渋の決断の末、製作中止に。


そのような中で、編集が7-8割終えていた『こどもかいぎ』をどうすべきか……。


毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、考えていました。



当時は今以上に、世の中はコロナでいっぱいいっぱい。


見ず知らずの、赤の他人の子どもが出てくる映画に果たして興味を持ってもらえるんだろうか......。


いや、ないな......。


プロデューサーで妻の朋子にも「いまはマーケットがないかもね……」と涙を浮かべながら何度も言われていました。


この作品も生むことは出来できない……。


そう決断をしようと思っていた頃、衝撃的な光景を目にしました。



当時10歳だった我が娘。

ちょうど分散登校中で、教室とオンラインでつながって、お昼ごはんを食べていたんです。


なんか様子が変だな、と思って覗いてみると......、


画面の中の子どもたちは、

みんな、

だまーって、

静かに、

息を殺して、

給食を食べていた
んです。。。

まるで、監獄の中で、罪を背負って、食べているようだった。


胸がギューーーーーーっとなるって、ああいうこと。



思わず、娘につぶやいた。


「これ、毎日続けてたの……???」


本当だったら、給食ってさー、ワイワイしながら、「静かに食べなさーい」とか叱られながら、楽しく食べていたはずなんですよ!


それが、無言......。



その時にね、僕の脳がスパークしたんです。


この子達、ぜーーーーーーったい、言いたいことがあるはず!!


誰かに聞いて欲しい、何かを抱えているはず!!




子どもたちには一ミリも責任がない。

にも関わらず、大人に言われるがまま、マスクにもいち早く慣れ、黙って給食を食べ、屋外ですら遊ぶことも許されず、お友達とおしゃべりすると叱られ、


部活動も、
運動会も、
修学旅行も、
遠足も、
発表会も、

続々と中止......。


子どもたちは、なーんにも悪くないのに。


子どもたちは不満や悲しみ、孤独感を誰かに話を聞いてもらえているんだろうか?


この鬱屈した想いは、何か将来、大きな弊害となって現れてくるんじゃないか?




よし......。


やっぱ作ろう。


コロナ禍において、僕に出来ることはあんまりないと思っていた。


でも、映像の力で何かが出来るんじゃないだろうか。

多くの人に見てもらえないかもしれないけれど、見てくれた人たちの心に、何か種を植えられるかもしれない。


いま、いま、このコロナ禍だからこそ、意味があるかもしれない。


「子どもの話を聞こう!」という映画を作ることで、おこがましいけれど、社会に何かを問いかけられるかもしれない。


こういった映画があることで、一人でも多くの子どもたちが話を聞いてもらえる機会を作れるかもしれない。



我慢をし続けてきたこの子達に、「話すことの楽しさや、聞いてもらえる安心感」を届けられるかもしれない。



よし!


最後の最後の貯金を引き出して (笑)、映画『こどもかいぎ』を完成させることに決めました。


そして時間軸をギューっと縮めて、1年後。


スタッフみんなのおかげで、素晴らしい作品が出来た。


あとは、

どう、皆さんに観ていただくか。

どう、ムーブメントを作れるか。

どう、社会に、ひとしずくをもたらせるか。


僕一人の力じゃ出来ないかもしれない。


でも、仲間がいれば、なんだって出来る!(「やればできる!」のティモンディ高岸さん、大好き!)

みんなで、社会を変えよう。

みんなで、子どもたちと話をしよう。


その他、『こどもかいぎ』について&プロダクションノートはこちら



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