うまれる ずっと、いっしょ。|映画『うまれる』

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うまれる ずっと、いっしょ。

不妊治療の体験談

 | 体験談(18)

 「赤ちゃんがきてくれるといいな」と思っている人たちは、全国で300万人と言われています。不妊治療でつらいこと、気づいたこと、学んだこと、などなど、みんなでシェアしていきましょう。もちろん、不妊治療でかわいい赤ちゃんを授かったみなさんの喜びの声もお待ちしています!

【最新の体験談】

不妊治療の始まりは、子宮頸がんの検査にひっかかったことでした。

心配性の私は、子宮頸がん・内膜症など、友人等とそのような話が出るたびに婦人科で検査を受けていました。
検査結果は、毎回「問題なし」

しかし、その3ヵ月後、会社の健康診断で受けた子宮がん検診で、まさかの「精密検査要」の判定。

まぁ大丈夫だろう。と高をくくっていた私は思いもよらない結果に、ただ驚きました。
すぐに再検査を受けました。
組織の一部を取る検査をしました。

結果。「中等度異形成」ガンに変異する元となる病変でした。
当時、29歳。結婚して2年目の事でした。

最初は突然の事に、ただただ、子宮頸がんになる。という恐怖心と悲しみだけで打ちひしがれていました。

しかし、数日経ち、思いは変わり、「もし、子宮を取ることになってしまうのなら、子宮があるうちに、子供を産みたい!!!」と、強く思いました。

しばらくは自分たちでタイミングを取り、妊活をしていましたが授からず。
30歳の誕生日を期に、不妊専門のクリニックに通い始めました。

初診で、自分の体の事を初めてしっかり聞き、「はじめての不妊治療」という冊子をもらってきたときは、ショックというより、むしろ、自分の進むべき道が定まった!という晴れ晴れとした思いでした。

ホルモン補充、漢方、鍼灸院。
そして、タイミングから人工授精。
そして、初めての体外受精。

5個の卵子が取れ、受精もできたのですが、5個の受精卵すべてが分割することができず、移植には至りませんでした。

不妊治療を始めてから2年がたちましたが、残念ながら未だ妊娠には至っていません。
治療期間2年以上。
生理が来るたびに涙を流し、自分を責めたことは数え切れないほど。

しかし、幸いなことに、主人が協力的で、精神的にもたくさんのサポートをしてくれています。
自己注射も、主人に打ってもらっているくらいです。

不妊治療は、考えていたよりも随分痛いです。
注射も治療も痛い。採卵だって痛いし、検査も痛い。
そして、何よりも心が痛いです。
自分も辛い、主人にも、主人の両親にも申し訳なくて辛い。

でも、やっぱり子供と一緒に過ごす未来を諦められません。
主人を父にしたい。
母になりたい。

『諦めなければならない理由がないのならば、諦める必要はない。』

4月に、2回目の体外受精をします。
春は出会いの季節だと信じて、新たな家族を出迎えれると信じて頑張ります。

妊娠するための治療。
きっと、この経験も、未来には笑って話せると信じて。

投稿者 :にこ

 

妊活(不妊治療)について

私が妊活を開始したのは、結婚して一年を過ぎた夏に生理痛よりも生理前症候群が酷くなり、吐き気と頭痛で気持ち悪くなり寝込んでしまい、自宅近くの産婦人科に診察したら、卵巣が腫れていたのがきっかけでした。

卵巣の腫れは、治まり問題はありませんでした。
その際に妊娠について相談をしたら、卵胞チェックを毎月して、タイミング法から始めるように言われ、サプリメントのタンポポT1エキスを飲み始め、栄養指導を月1で開始しました。
(この時、BMIと体脂肪が20以下を指摘され、20まで最低引き上げるように厳しく指導されました。)秋過ぎたぐらいにミクシイでわかまつさんと出会い、電話で相談し松康泉も併用して服用も開始しました。

しかし、半年通いましたが、基礎体温はガタガタで卵胞の育ちも悪く、旦那の職業上、留守がちということもあり、先生から不妊治療専門の病院を薦められ、年明けから通うことになり、年末に父の膵臓癌も発覚し、父の闘病生活と共に開始しました。

 不妊治療の専門の病院では、ホルモン検査から行い、AMHの検査以外はしましたが、異常は全くなしでした。
この時は、35歳以下でまだAMHの検査は、他の検査で異常がなかった為、先生からは薦められませんでしたが、後々これが落とし穴になってもいました。(30代であればこれは人工授精の前にやるべき。)
先生からステップアップの話があり、旦那とも了解を得たので人工授精を開始しました。最初の1回目は、自然な状態で、その後は、クロミッドや注射をしての人工授精を5回しました。

クロミッドの反応が悪いのか、複数個増えない、左からの排卵が出来ない状態、薬の副作用で生理が飛び、また排卵するという奇妙な現象も起きていました。結局この年は、人工授精で終わり、年末前に体外受精の説明を受けて、年明けから体外受精を開始することになりました。

 年明けから体外受精を開始、1回目は、クロミッド服用+注射を1日おきにする方法、二回目は、クロミッド服用+注射を毎日+点鼻薬の方法で行いました。しかし、ホルモン数値が二桁、採卵は二個以上無理と言われ、結果採卵は二個、1回目しか移植できないという結果で終わりました。採卵を継続した為に体力・免疫力が落ち、10年振りにインフルエンザに掛かり、闘病中の父に体外受精の件は、一言も言ってなかったのですが、私の元気ない顔を見て察知して解り、心配をしてくれました。私は、父の前で泣き崩れ、心配させてしまったことを謝りました。

 3回目は、二か月は休憩をし、その間に鍼灸に通い始めて、漢方外来に受診し、
ツムラのカミショウサンと八味黄丸を服用開始しましたが、胃腸が弱いため、六君子湯も追加になりました。
5月の末ぐらいから、クロミッド服用+注射を1日おきにする方法で行いましたが、やはりホルモン数値が二桁なので、二個以上採卵出来ずの移植まで出来ないという結果で終わりました。この直後に父が二回目の危篤で、体外受精は中断しました。病院の先生から、DHEAというサプリメントを薦められるが、納得がいかず、わかまつさんに相談をしたら、バイオリンクを薦められ松康泉とタンポポT1エキス⇒バイオリンクに変え、ビタミンマッサージも取り入れました。

8月に入り、念のために卵胞確認をしたら、以前より卵胞の育ちが良く、排卵が出来ていました。この時、栄養指導を受けて1年経ち、体脂肪とBMIが20まで引き上げて維持出来るようなり、鍼灸・漢方薬・バイオリンク・ビタミンマッサージを開始し、3か月弱が経ち、効果が出始めていたようでした。 

父の容体が悪化し、体外受精は出来ないので、薬・注射をしないでの人工授精を開始しましたが、やはり駄目でした。父が亡くなり精神的にもダメージはありましたが、卵胞の状態・排卵の状態は悪くなかったので、人工授精は続行していました。

11月末頃によもぎ蒸しのお店に気分転換に通い始めました。実は10年以上前から知っていましたが、ゲルマニウム温浴で熱さに参りトラウマになり、よもぎ蒸しは無理だと思っていました。

しかし、お店の方がとても親切で、熱さの調節・時間も短縮しても大丈夫と言われ、排卵前に二回通うようになりました。最初は、実感しなかったのですが、2回目以降から生理痛緩和と冷え、卵胞の育ちの違いに驚きました。一番驚いたのは、再度試しにクロミッドを服用した際に反応がなく一つ以上増えなかった卵胞が3つ出来て、左からも排卵できて、二つ排卵したことでした。

 年が明け、4月から4回目の体外受精に挑戦しました。この時にわかまつさんからのアドバイスで、低温期集中でタンポポショウキを薦められ開始しました。ホルモン数値の値が悪くて二個以上無理と断言されましたが、色々なものを継続して半年以したお蔭で採卵数は4個、受精は一つし、先生や看護師さん全員が驚いていました。また、東洋系のものを一切信じない先生がよもぎ蒸しを認めました。

移植は、凍結をして次周期にするつもりでしたが、風疹が流行り、予防接種をし、お休みしました。その間に知人からの紹介で、不妊の急所(陰部付近・会員部に刺す)の鍼灸に通いました。普通の鍼灸と違い手首足首から自立神経を測定し、乱れた箇所に電気を流しながら鍼を刺す良導絡でした。

自立神経のデータは、通常の妊婦の逆子になる方と一緒なので、妊娠できない体ではないと言われ、とりあえず移植を控えていたので、通うことになり、移植の3日前と移植後の3日後にする着床をよくする急所の鍼灸をしましたが、駄目でした。

 5回目の体外受精は、試しに低刺激法で行いました。ホルモン数値を検査したら、数値が一桁の8になるという奇跡が起き、先生は目を丸くしてあり得ないと驚いていました。低刺激では、一つ以上は難しいと断言されましたが、これまた期待を裏切り二つ採れて無事に受精ができ、凍結をして、次周期に移植し、同様に急所の鍼灸・よもぎ蒸しも行いしましたが、やはりかすりもせず終わりました。

 6回目の体外受精は、母の友人の紹介で病院を都内に転院してやることにしました。

初診で、先生に会った際に今までの経過をじっくり聞いて下さり、それに伴い今後の治療のアドバイスを丁寧に説明して下さいました。結局は、今までの治療で使用した薬と注射、やり方が合わなかったことがわかりました。

体外受精は、年明けから体調を整えてからすることにし、ホルモン数値を検査したら、6という数値が出て、今まででいい数値になっており、体の変化を実感しました。年明が明けてから、再度ホルモン数値を検査したら、数値が二桁に戻り、採卵数が厳しいと言われましたが、注射を開始。今回は注射だけの誘発を一日おきにする方法で行いました。何とか採卵まで出来ることはしようと、よもぎ蒸し、急所の鍼灸、ビタミンマッサージ、お灸、足湯、ウォーキングと骨盤の血流を良くすることをしました。お蔭で、採卵数は6個・受精は二個と今までで一番いい状態でした。着床力を良くするため、二つ戻しをしましたが、やはりかすりもせず終わり、念のために不育症の検査を行いましたが、異常はなくAMHの値の低さだけだと言われました。体外受精は金銭的にきつく、残り1本精子凍結があり、最後に人工受精をして治療は終了することにしました。

体外受精でも授かれない自分にとって人工授精は、かなり望みが薄く期待も出来ないと思いましたが、最後までベストを尽くし、やれることはやりたいと思い、気分転換のつもりで粉の漢方薬を煎じる漢方薬に変えました。人工受精を次周期するので、卵胞確認をしたら、薬も注射もしていない状態で、卵胞が左右に一つず見え、今まで自然な状態からでは、一つ以上は見えなく左からは卵胞が出来なかったので、驚きました。

状態が良かったので、希望を抱き、タイミングをとりました。急所の鍼灸もパターンを変え、排卵前と排卵一週間後にし、頸椎のズレも治しました。気のせいか、飲み始めた煎じる漢方薬の効果か、何しても緩和しなかった肩と首の凝りが緩和し、睡眠が深くなりました。生理予定日二日前に微量の出血、基礎体温が確実に下がるのにその気配がなく、フライングをしたらごくごく薄い線が・・・。手元に体外受精で使用した黄体ホルモンの薬が1週間分あり、病院に連絡し服用を確認し、服用しました。その1週間後、病院の予約をしていたので、受診して内診をすると胎嚢らしき小さなものが見えました。

採血をし、一週間後に再度受診したら、胎嚢が確認でき、その1週間後には、無事に心拍を確認できて、不妊治療の病院を卒業できました。

 治療は、約3年以上やってきたので、正直辛くて苦しかったです。でも、治療をしてきたお蔭で、色々な方との出会い、勉強ができたので、それは一つの引き出しになったと思います。そして、何より妊活にとって大事なのは、体質改善をして根気良く継続してやることだと思います。亡き父がよく言っていた『継続は力なり。だから諦めないでやりなさい。』という言葉が胸に響きました。妊娠活の際に支えて下さった方々に深く感謝したいと思います。

もうすぐ37週目、1/9が予定日になります。

投稿者 :鎌倉の侍/神奈川県

 

私が妊活を開始したのは、結婚して一年を過ぎた夏に生理痛よりも生理前症候群が酷くなり、吐き気と頭痛で気持ち悪くなり寝込んでしまい、自宅近くの産婦人科に診察したら、卵巣が腫れていたのがきっかけでした。

卵巣の腫れは、治まり問題はありませんでした。

その際に妊娠について相談をしたら、卵胞チェックを毎月して、タイミング法から始めるように言われ、サプリメントのタンポポT1エキスを飲み始め、栄養指導を月1で開始しました。

(この時、BMIと体脂肪が20以下を指摘され、20まで最低引き上げるように厳しく指導されました。)

秋過ぎたぐらいにミクシイで漢方薬局のわかまつさんと出会い、電話で相談し松康泉も併用して服用も開始しました。

しかし、半年通いましたが、基礎体温はガタガタで卵胞の育ちも悪く、旦那の職業上、留守がちということもあり、先生から不妊治療専門の病院を薦められ、年明けから通うことになり、年末に父の膵臓癌も発覚し、父の闘病生活と共に開始しました。

不妊治療の専門の病院では、ホルモン検査から行い、AMHの検査以外はしましたが、異常は全くなしでした。この時は、35歳以下でまだAMHの検査は、他の検査で異常がなかった為、先生からは薦められませんでしたが、後々これが落とし穴になってもいました。(30代であればこれは人工授精の前にやるべき。)

先生からステップアップの話があり、旦那とも了解を得たので人工授精を開始しました。最初の1回目は、自然な状態で、その後は、クロミッドや注射をしての人工授精を5回しました。

クロミッドの反応が悪いのか、複数個増えない、左からの排卵が出来ない状態、薬の副作用で生理が飛び、また排卵するという奇妙な現象も起きていました。結局この年は、人工授精で終わり、年末前に体外受精の説明を受けて、年明けから体外受精を開始することになりました。

年明けから体外受精を開始、1回目は、クロミッド服用+注射を1日おきにする方法、二回目は、クロミッド服用+注射を毎日+点鼻薬の方法で行いました。しかし、ホルモン数値が二桁、採卵は二個以上無理と言われ、結果採卵は二個、1回目しか移植できないという結果で終わりました。

採卵を継続した為に体力・免疫力が落ち、10年振りにインフルエンザに掛かり、闘病中の父に体外受精の件は、一言も言ってなかったのですが、私の元気ない顔を見て察知して解り、心配をしてくれました。私は、父の前で泣き崩れ、心配させてしまったことを謝りました。

3回目は、二か月は休憩をし、その間に鍼灸に通い始めて、漢方外来に受診し、
ツムラのカミショウサンと八味黄丸を服用開始しましたが、胃腸が弱いため、六君子湯も追加になりました。5月の末ぐらいから、クロミッド服用+注射を1日おきにする方法で行いましたが、やはりホルモン数値が二桁なので、二個以上採卵出来ずの移植まで出来ないという結果で終わりました。この直後に父が二回目の危篤で、体外受精は中断しました。

病院の先生から、DHEAというサプリメントを薦められるが、納得がいかず、わかまつさんに相談をしたら、バイオリンクを薦められ松康泉とタンポポT1エキス⇒バイオリンクに変え、ビタミンマッサージも取り入れました。8月に入り、念のために卵胞確認をしたら、以前より卵胞の育ちが良く、排卵が出来ていました。この時、栄養指導を受けて1年経ち、体脂肪とBMIが20まで引き上げて維持出来るようなり、鍼灸・漢方薬・バイオリンク・ビタミンマッサージを開始し、3か月弱が経ち、効果が出始めていたようでした。 

父の容体が悪化し、体外受精は出来ないので、薬・注射をしないでの人工授精を開始しましたが、やはり駄目でした。父が亡くなり精神的にもダメージはありましたが、卵胞の状態・排卵の状態は悪くなかったので、人工授精は続行していました。11月末頃によもぎ蒸しのお店に気分転換に通い始めました。

実は10年以上前から知っていましたが、ゲルマニウム温浴で熱さに参りトラウマになり、よもぎ蒸しは無理だと思っていました。しかし、お店の方がとても親切で、熱さの調節・時間も短縮しても大丈夫と言われ、排卵前に二回通うようになりました。最初は、実感しなかったのですが、2回目以降から生理痛緩和と冷え、卵胞の育ちの違いに驚きました。一番驚いたのは、再度試しにクロミッドを服用した際に反応がなく一つ以上増えなかった卵胞が3つ出来て、左からも排卵できて、二つ排卵したことでした。

年が明け、4月から4回目の体外受精に挑戦しました。この時にわかまつさんからの
アドバイスで、低温期集中でタンポポショウキを薦められ開始しました。ホルモン数値の値が悪くて二個以上無理と断言されましたが、色々なものを継続して半年以したお蔭で採卵数は4個、受精は一つし、先生や看護師さん全員が驚いていました。また、東洋系のものを一切信じない先生がよもぎ蒸しを認めました。移植は、凍結をして次周期にするつもりでしたが、風疹が流行り、予防接種をし、お休みしました。

その間に知人からの紹介で、不妊の急所(陰部付近・会員部に刺す)の鍼灸に通いました。普通の鍼灸と違い手首足首から自立神経を測定し、乱れた箇所に電気を流しながら鍼を刺す良導絡でした。自立神経のデータは、通常の妊婦の逆子になる方と一緒なので、妊娠できない体ではないと言われ、とりあえず移植を控えていたので、通うことになり、移植の3日前と移植後の3日後にする着床をよくする急所の鍼灸をしましたが、駄目でした。

5回目の体外受精は、試しに低刺激法で行いました。ホルモン数値を検査したら、数値が一桁の8になるという奇跡が起き、先生は目を丸くしてあり得ないと驚いていました。低刺激では、一つ以上は難しいと断言されましたが、これまた期待を裏切り二つ採れて無事に受精ができ、凍結をして、次周期に移植し、同様に急所の鍼灸・よもぎ蒸しも行いしましたが、やはりかすりもせず終わりました。

6回目の体外受精は、母の友人の紹介で病院を都内に転院してやることにしました。
初診で、先生に会った際に今までの経過をじっくり聞いて下さり、それに伴い今後の治療のアドバイスを丁寧に説明して下さいました。結局は、今までの治療で使用した薬と注射、やり方が合わなかったことがわかりました。体外受精は、年明けから体調を整えてからすることにし、ホルモン数値を検査したら、6という数値が出て、今まででいい数値になっており、体の変化を実感しました。

年明が明けてから、再度ホルモン数値を検査したら、数値が二桁に戻り、採卵数が厳しいと言われましたが、注射を開始。今回は注射だけの誘発を一日おきにする方法で行いました。何とか採卵まで出来ることはしようと、よもぎ蒸し、急所の鍼灸、ビタミンマッサージ、お灸、足湯、ウォーキングと骨盤の血流を良くすることをしました。

お蔭で、採卵数は6個・受精は二個と今までで一番いい状態でした。着床力を良くするため、二つ戻しをしましたが、やはりかすりもせず終わり、念のために不育症の検査を行いましたが、異常はなくAMHの値の低さだけだと言われました。体外受精は金銭的にきつく、残り1本精子凍結があり、最後に人工受精をして治療は終了することにしました。

体外受精でも授かれない自分にとって人工授精は、かなり望みが薄く期待も出来ないと思いましたが、最後までベストを尽くし、やれることはやりたいと思い、気分転換のつもりで粉の漢方薬を煎じる漢方薬に変えました。人工受精を次周期するので、卵胞確認をしたら、薬も注射もしていない状態で、卵胞が左右に一つず見え、今まで自然な状態からでは、一つ以上は見えなく左からは卵胞が出来なかったので、驚きました。状態が良かったので、希望を抱き、タイミングをとりました。

急所の鍼灸もパターンを変え、排卵前と排卵一週間後にし、頸椎のズレも治しました。気のせいか、飲み始めた煎じる漢方薬の効果か、何しても緩和しなかった肩と首の凝りが緩和し、睡眠が深くなりました。生理予定日二日前に微量の出血、基礎体温が確実に下がるのにその気配がなく、フライングをしたらごくごく薄い線が・・・。

手元に体外受精で使用した黄体ホルモンの薬が1週間分あり、病院に連絡し服用を確認し、服用しました。その1週間後、病院の予約をしていたので、受診して内診をすると胎嚢らしき小さなものが見えました。採血をし、一週間後に再度受診したら、胎嚢が確認でき、その1週間後には、無事に心拍を確認できて、不妊治療の病院を卒業できました。

治療は、約3年以上やってきたので、正直辛くて苦しかったです。でも、治療をしてきたお蔭で、色々な方との出会い、勉強ができたので、それは一つの引き出しになったと思います。そして、何より妊活にとって大事なのは、体質改善をして根気良く継続してやることだと思います。

亡き父がよく言っていた『継続は力なり。だから諦めないでやりなさい。』という言葉が胸に響きました。わかまつさんをはじめ、妊娠活の際に支えて下さった方々に深く感謝したいと思います。

詳しくは、アメブロの鎌倉の侍で書いているので、ご参照ください。

投稿者 :渡邊陽子

 
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