体験談より「二日も頑張って生きてくれた」

今から遡る事4年前の11月に長男を出産しました。

今生きていれば、元気に幼稚園に通っていた事でしょう。

長男の妊娠中は検診で全く異常はなく、唯一、切迫早産で入院したぐらいでした。

37週に入った当日に出産。

外の世界に出てきた息子は、肺機能が未熟で自発呼吸ができず、
すぐ救急車でこども病院へ搬送されました。

主人が病院まで付き添い、戻ってきた主人の話で愕然としました。

息子の体には様々な管が通され検査している事、

足の指が一本多かった事、

泣きたくても呼吸ができないのでとても苦しそうな顔していた事・・・・

その様子を見ていた主人は看護師さんに言ったそうです。

「長く生きられないのなら延命治療はやめてほしい。

早く楽にしてあげてほしい・・・」と。

翌日、病院にかけつけ、
息子のあまりにも痛ましい様子に涙がとまらず、
長女にはとても見せられないと、夫婦だけで息子と対面しました。

抱っこも出来ず、おっぱいもあげられず、悲しくて悔しくて可哀想で
どうしてやる事もできない自分を恨みました。

主治医から検査結果のお話があり、病名は「13トリソミー」でした。
13番目の染色体が一本多いという染色体異常です。

どうにか奇跡が起きて、自発呼吸ができるようにならないかと
一晩祈り続けたその翌日、病院から呼び出された私と主人は、
主治医の計らいにより、息子を抱っこさせてもらい、

主人から私の腕の中へやってきた、その数分後、

静かに息を引き取りました。

生後二日の命でした。

主治医の話では、13トリソミーの場合、
特に男の子はおなかの中で亡くなるケースがほとんどを占めている事。
私には生きて会わせる事は無理だと思っていたそうです。

生まれてこられる確率がほぼ無い中で、
私の息子は命がけで、私達家族に会う為に生まれてきてくれました。

そして、二日も頑張って生きてくれた。

そのおかげで、出生届けを出して戸籍に名前も残してやれました。
息子がわずか二日でも、この世で生きた証を残してやれました。

冷たくなった息子を抱っこした長女は当時3歳。

ものもわからぬ年頃のはずなのに、
しっかりと弟の死を受け止め、産後の私の体を心配し、

私に心配かけぬよう、私に背中を向けて泣いていました。

長女がいたから、私も主人も息子の死を乗り越えられました。

この子の為にしっかりしなくちゃ、私がダメになってはいられない・・と。

小学一年生になった長女は、
今は2歳になる次女と元気に遊んだり、ケンカしたりしています。

この決して当たり前ではない幸せを息子に感謝しながら、
家族4人、日々を過ごしています。

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映画『うまれる』の体験談より
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