どんなに勉強しても、何人産んでも、人それぞれで毎回ドラマがあるのが出産。安産だった?なんていう話がよくされているけれど、みんな悩んだり、不安になったり。。。ぜひ、出産のときの喜びや感動、珍事件(笑)などなど、みなさんの体験をおよせください。 不妊治療でがんばったパパ&ママのお話もお待ちしています。
うちの息子(第一子)がうまれたのは2010年の大晦日の朝でした。
予定日より3週間早い、37週0日。ちょうど正期産に入った日の誕生です。
お産の始まりは破水から。 破水したのはまだ36週6日になったばかりの夜中… 明日からパパが年末休みに入る!という夜でした。
夜中、わたしは破水したことで目が覚め、トイレにいってみると…間違いなく破水!! 実は助産師として結婚前まで病院勤務をしていたので、破水であることはよくわかりました。
そのときの率直な感想。(トイレにて) 「こりゃ入院だ…わたしの正月は病院?!」 意外と冷静です(笑)
「破水したー。」 とパパを起こして、あらかじめ準備していた荷物をもってパジャマのまま防寒だけして寒い外に出ました。
わたし「あとは色々とよろしくね~」 パパ「え?またあとで帰ってくるよね??だから電気毛布つけっぱなしだけど~」 わたし「??!!え?もうこのまま入院だよ…破水したら入院じゃん!」 パパ「…!!!」 …びっくりでした。パパにも事前に破水=入院と伝えていたはずですが、年末に破水という突然の出来事にかなり動揺していたみたいです。
そんな出来事に二人で笑いながら片道30分、クルマで病院に向かいました。
入院当日に担当してくれたのは元同僚の先輩助産師さん。自分が勤務していた産婦人科での出産です。
総合病院だけど畳の部屋で出産することができてわたしもそこを希望。入院当日、ほかの希望者がいなかったので、まだお産にはならない状況でしたがその部屋を使わせてもらって陣痛のこない夜を明かしました。パパは付き添いです。
2010年 12月30日
世間は年の瀬。大晦日前日の忙しいとき。 我が家の夫婦二人は病院の分娩室(畳部屋)で朝を迎えました。 「今日もしうまれたら早産になるから今日お産になるようなら分娩台ね。」(これは安全性を考慮したこの病院の方針です)と助産師さんから説明を受けました。
しかし、陣痛がやってくる気配はまったくなし。昼はそれでも陣痛が来ないものかといろいろとアプローチしてみました。陣痛がくるツボ押し、階段を登り降りしながら院内を散歩、アロマオイルをつかって足浴などなど。
その成果なのか夕方からなんとなく痛みがやってきて、日付が変わったところでいよいよ痛みが本格化しました。
結局、陣痛開始から8時間で生まれてきたわけですが初めての陣痛体験は想像を絶する痛みでした。 仕事でたくさんお産に立ち会って取り上げて色んな産婦さんのお手伝いをしてきたけど実はこんなにこんなに痛かったとは!!!!! 騒ぎまくりました。
(伴さんの出産シーンはわたしをみているかのようですごくすごくあの痛みがよくわかります。いや、むしろ、わたしのほうがさらに声も大きく!出せる声は全部出したお産でした(笑))
そして・・・ わたしはパパの手を傷つけました。爪を切っておけばよかった…(苦笑)陣痛がくるたびに力が入ってしまって、わたしの爪でパパの手は出血してしまいました。でも、パパは怒りもせず。
ありがとうパパ。 生まれた声を聞いて、わたしではなく、パパが涙を流していました。
生まれてくる直前には、息子の頭がみえてきたところで、彼の髪の毛を触らせてもらいました。わたしのバースプランのひとつでした。
親よりも一番早く赤ちゃんに触れる助産師。それを私が!!先に!という気持ちからでした。欲張りなわたし(笑)
でも実はそれどころじゃなくて…(笑)痛くて痛くて。陣痛がない合間をみて付き添ってくれた元同僚の後輩助産師さんがわたしの希望をしっかり覚えてくれていて(むしろ、わたしはそのバースプランを忘れかけていた…汗)、 私の手を髪の毛へと誘導してくれました。
「うわぁーここにいるー!!」という嬉しい気持ちになりましたがすぐまた壮絶な陣痛 がやってきて…というかんじでした。
さてさて。 生まれてきてわかったことですが… 臍帯をみてびっくり !
真結節といって、へその緒自体が結びついている箇所がありました。それも二ヵ所。 結び目のキツさによっては赤ちゃんへ酸素や栄養がいかなくなり、場合によっては生まれてくることができない危険もあるおそろしい状態。
「だいぶ小さいときからグルグル動き回っていたのね~」とあとで医師から言われましたがまさにその通りで、検診のたびに胎位(赤ちゃんの背中のむきや格好)は不思議な動きかたをしていました。
そんなエピソードもありますが 臍帯がそんな状態だったのを息子自身が察して、お腹の中の『破水ボタン』を押したのかな?!??…と、わたしたち夫婦はそんなふうに話をしてます。
早く出てきてくれてよかった。結ばれた臍帯の写真(撮らせてもらいました)をみるたびにそう思います。
また、息子は、 パパのいるときに、パパがママを病院に連れていけるときに(できればお休みのときに) 出てきてくれたら嬉しいなぁ~ と何度かお風呂でお話していたのもちゃんと聞いてくれていました。(きっと)
実際、入院したのは夜中だったし、年末休みだったし。立ち会いのほか、おかげで退院まで毎日パパは息子とすごせました。
赤ちゃんの力ってすごいですね、しかもお腹のなかにいるときの力って。結果的にそうだっただけかもしれないけど、我が子からたくさん貴重な経験をさせてもらいました。
生まれてきてくれた命。大事な命です。
命懸け という言葉がありますが、母子ともにお産の場面ではほんとに命をかけています。私自身何事もなく無事に出産を終えることができたし、無事に生まれてくることが当たり前ではない世界での、我が家の問題なかった出来事には感謝の気持ちでいっぱいになります。
今年の大晦日には一歳になるわが息子。 毎年、大晦日には生まれた日の思い出話が繰り返されるでしょう。
投稿者 :ぽん太
私は昨年3人目の長男を出産しました。
上の二人の女の子を出産した際は、特に問題なく腰痛に悩まされた位でしたが、長男の時は色々大変でした。
妊娠5ヶ月まで週二回のパートに行っていました。あともう少しでお休みするという時、勤務中に右半分の激しい頭痛に襲われました。
ちょっと横にならせてもらいましたが治まらず、上司が病院に連れて行ってくれる事になり、立とうとすると左足に力が入らず左麻痺がみられた為、すぐに救急搬送されました。
脳出血でした。
最初の病院では対応できず、妊婦という事もあり大きな医療センターに搬送されよく調べると、脳動脈奇形があり、そこからの出血でした。
医師の話によると、「生まれつきあなたは脳動脈に奇形を持っていて(10万人に1人ある)、それが今回の妊娠きっかけに破れた。手術でその血管を取り除けば爆弾がなくなったも同然で出産もできる。」という事でした。
出血が落ち着いたら手術する事になったのです。(赤ちゃんの週数が手術するのに丁度良い時期で、早くても遅くても駄目だったらしい)
脳の出血後は脳圧が上がり、頭痛が辛かったんですが、痛み止めは一番ゆるい物しか服用できずきつかったです。
そして8時間の手術を無事終えました。
奇形部が脳の表面に近く、後遺症が出にくい箇所だったので、最初にでていた麻痺もなくなっており、後遺症全くなしでした。
妊婦だったのでとても有名な名医の揃った病院で手術を受けれた事、上の子二人の出産の時に出血しなかった事、後遺症がなかった事、赤ちゃんが手術に良い週数だった事を思うと本当にラッキーだったし、長男に感謝です。
主人は最初医師に「出血が止まらなければ二人共助かりません。覚悟してください」とかも言われたみたいで辛い思いをした様です。
その時の一ヶ月の入院の間娘達は主人と私の両親と姉がよく面倒みてくれました。 この事でいつも喧嘩ばかりだった私達夫婦の絆もとーーーても深くなった気がします。
そして出産予定の3週間前から念の為再び入院して、予定日に赤ちゃんが大きくなりすぎていたので帝王切開で出産しました。
傷は痛かったけど、産後は痛み止めが使えるので、脳の術後に比べたら楽なもんでした。
息子は4182gの特大ベビーで、手術の影響もなく、今は元気につたえ歩きしてます。
「うまれる」を本で読み、色々な出産や家族のあり方があるんだなーと感銘を受けました。
映画も見にいきたいです。
息子は雲の上から「よっしゃ!あの僕のオカンに脳の病気教えたろ!」ってお腹に来てくれたように思えて仕方ありません。
それだけに息子が愛しくて仕方ありません。 本当にうちにきてくれてありがとう。
今生きて元気に子育てする毎日に感謝します。 この出産は人生観をかえる良いきっかけになりました。
人生なにが起こるかわからないので、毎日一生懸命歩んでいきたいです。
投稿者 :ぼーぼー
私は46歳の主婦です。 この映画はまだ観られないのですが、誰かに伝えたかったので投稿します。
私自身がこの6月に3人目の男の子を出産しました。
そして、現在は子育て再出発中です。 主人は55歳ですが24年前に結婚して、長女は20歳、長男が13歳、そして今回奇跡的に妊娠したのです。
子供を授からない方にすればうらやましい限りと言われますし、周りの方を心配させながらも五体満足で自然に産めたことを、奇跡だとも言われています。
その子はもうじき2カ月になりますが、検診でも特別な事も無くて順調に育っています。
今その子の寝顔を見つめながら書いていますが、とてもいとおしいです。
けれどその半面、育てて行けるのかと夫婦で不安な日々なのです。
授かった命は大切にしようと話しあって産む決意をした私でしたが、高齢出産だった為、産む場所も離れた総合病院を紹介されて、6年のパートの仕事を辞めなければ行けない状態になりました。
この不景気に主人だけの収入では、まだ2カ月なのに生活が行きずまっているのです。
このいっさ(ニックネーム)を抱えて私自身が仕事に復帰できるのかどうか?誰でもできる一般事務、特別な資格もない私自身なのです。
私自身が蒔いた種をどうやって育てていけばいいのかと、悩みきれない日々を送っているのです。
私の様な方はいないと察していますが、誰かに伝えたくて、何かを言っていただきたくて投稿しました。
投稿者 :いっさの母
【最新の体験談】
うちの息子(第一子)がうまれたのは2010年の大晦日の朝でした。
予定日より3週間早い、37週0日。ちょうど正期産に入った日の誕生です。
お産の始まりは破水から。
破水したのはまだ36週6日になったばかりの夜中…
明日からパパが年末休みに入る!という夜でした。
夜中、わたしは破水したことで目が覚め、トイレにいってみると…間違いなく破水!!
実は助産師として結婚前まで病院勤務をしていたので、破水であることはよくわかりました。
そのときの率直な感想。(トイレにて)
「こりゃ入院だ…わたしの正月は病院?!」
意外と冷静です(笑)
「破水したー。」
とパパを起こして、あらかじめ準備していた荷物をもってパジャマのまま防寒だけして寒い外に出ました。
わたし「あとは色々とよろしくね~」
パパ「え?またあとで帰ってくるよね??だから電気毛布つけっぱなしだけど~」
わたし「??!!え?もうこのまま入院だよ…破水したら入院じゃん!」
パパ「…!!!」
…びっくりでした。パパにも事前に破水=入院と伝えていたはずですが、年末に破水という突然の出来事にかなり動揺していたみたいです。
そんな出来事に二人で笑いながら片道30分、クルマで病院に向かいました。
入院当日に担当してくれたのは元同僚の先輩助産師さん。自分が勤務していた産婦人科での出産です。
総合病院だけど畳の部屋で出産することができてわたしもそこを希望。入院当日、ほかの希望者がいなかったので、まだお産にはならない状況でしたがその部屋を使わせてもらって陣痛のこない夜を明かしました。パパは付き添いです。
2010年 12月30日
世間は年の瀬。大晦日前日の忙しいとき。
我が家の夫婦二人は病院の分娩室(畳部屋)で朝を迎えました。
「今日もしうまれたら早産になるから今日お産になるようなら分娩台ね。」(これは安全性を考慮したこの病院の方針です)と助産師さんから説明を受けました。
しかし、陣痛がやってくる気配はまったくなし。昼はそれでも陣痛が来ないものかといろいろとアプローチしてみました。陣痛がくるツボ押し、階段を登り降りしながら院内を散歩、アロマオイルをつかって足浴などなど。
その成果なのか夕方からなんとなく痛みがやってきて、日付が変わったところでいよいよ痛みが本格化しました。
結局、陣痛開始から8時間で生まれてきたわけですが初めての陣痛体験は想像を絶する痛みでした。
仕事でたくさんお産に立ち会って取り上げて色んな産婦さんのお手伝いをしてきたけど実はこんなにこんなに痛かったとは!!!!!
騒ぎまくりました。
(伴さんの出産シーンはわたしをみているかのようですごくすごくあの痛みがよくわかります。いや、むしろ、わたしのほうがさらに声も大きく!出せる声は全部出したお産でした(笑))
そして・・・
わたしはパパの手を傷つけました。爪を切っておけばよかった…(苦笑)陣痛がくるたびに力が入ってしまって、わたしの爪でパパの手は出血してしまいました。でも、パパは怒りもせず。
ありがとうパパ。
生まれた声を聞いて、わたしではなく、パパが涙を流していました。
生まれてくる直前には、息子の頭がみえてきたところで、彼の髪の毛を触らせてもらいました。わたしのバースプランのひとつでした。
親よりも一番早く赤ちゃんに触れる助産師。それを私が!!先に!という気持ちからでした。欲張りなわたし(笑)
でも実はそれどころじゃなくて…(笑)痛くて痛くて。陣痛がない合間をみて付き添ってくれた元同僚の後輩助産師さんがわたしの希望をしっかり覚えてくれていて(むしろ、わたしはそのバースプランを忘れかけていた…汗)、 私の手を髪の毛へと誘導してくれました。
「うわぁーここにいるー!!」という嬉しい気持ちになりましたがすぐまた壮絶な陣痛 がやってきて…というかんじでした。
さてさて。
生まれてきてわかったことですが…
臍帯をみてびっくり !
真結節といって、へその緒自体が結びついている箇所がありました。それも二ヵ所。
結び目のキツさによっては赤ちゃんへ酸素や栄養がいかなくなり、場合によっては生まれてくることができない危険もあるおそろしい状態。
「だいぶ小さいときからグルグル動き回っていたのね~」とあとで医師から言われましたがまさにその通りで、検診のたびに胎位(赤ちゃんの背中のむきや格好)は不思議な動きかたをしていました。
そんなエピソードもありますが
臍帯がそんな状態だったのを息子自身が察して、お腹の中の『破水ボタン』を押したのかな?!??…と、わたしたち夫婦はそんなふうに話をしてます。
早く出てきてくれてよかった。結ばれた臍帯の写真(撮らせてもらいました)をみるたびにそう思います。
また、息子は、
パパのいるときに、パパがママを病院に連れていけるときに(できればお休みのときに) 出てきてくれたら嬉しいなぁ~
と何度かお風呂でお話していたのもちゃんと聞いてくれていました。(きっと)
実際、入院したのは夜中だったし、年末休みだったし。立ち会いのほか、おかげで退院まで毎日パパは息子とすごせました。
赤ちゃんの力ってすごいですね、しかもお腹のなかにいるときの力って。結果的にそうだっただけかもしれないけど、我が子からたくさん貴重な経験をさせてもらいました。
生まれてきてくれた命。大事な命です。
命懸け という言葉がありますが、母子ともにお産の場面ではほんとに命をかけています。私自身何事もなく無事に出産を終えることができたし、無事に生まれてくることが当たり前ではない世界での、我が家の問題なかった出来事には感謝の気持ちでいっぱいになります。
今年の大晦日には一歳になるわが息子。
毎年、大晦日には生まれた日の思い出話が繰り返されるでしょう。
投稿者 :ぽん太
私は昨年3人目の長男を出産しました。
上の二人の女の子を出産した際は、特に問題なく腰痛に悩まされた位でしたが、長男の時は色々大変でした。
妊娠5ヶ月まで週二回のパートに行っていました。あともう少しでお休みするという時、勤務中に右半分の激しい頭痛に襲われました。
ちょっと横にならせてもらいましたが治まらず、上司が病院に連れて行ってくれる事になり、立とうとすると左足に力が入らず左麻痺がみられた為、すぐに救急搬送されました。
脳出血でした。
最初の病院では対応できず、妊婦という事もあり大きな医療センターに搬送されよく調べると、脳動脈奇形があり、そこからの出血でした。
医師の話によると、「生まれつきあなたは脳動脈に奇形を持っていて(10万人に1人ある)、それが今回の妊娠きっかけに破れた。手術でその血管を取り除けば爆弾がなくなったも同然で出産もできる。」という事でした。
出血が落ち着いたら手術する事になったのです。(赤ちゃんの週数が手術するのに丁度良い時期で、早くても遅くても駄目だったらしい)
脳の出血後は脳圧が上がり、頭痛が辛かったんですが、痛み止めは一番ゆるい物しか服用できずきつかったです。
そして8時間の手術を無事終えました。
奇形部が脳の表面に近く、後遺症が出にくい箇所だったので、最初にでていた麻痺もなくなっており、後遺症全くなしでした。
妊婦だったのでとても有名な名医の揃った病院で手術を受けれた事、上の子二人の出産の時に出血しなかった事、後遺症がなかった事、赤ちゃんが手術に良い週数だった事を思うと本当にラッキーだったし、長男に感謝です。
主人は最初医師に「出血が止まらなければ二人共助かりません。覚悟してください」とかも言われたみたいで辛い思いをした様です。
その時の一ヶ月の入院の間娘達は主人と私の両親と姉がよく面倒みてくれました。
この事でいつも喧嘩ばかりだった私達夫婦の絆もとーーーても深くなった気がします。
そして出産予定の3週間前から念の為再び入院して、予定日に赤ちゃんが大きくなりすぎていたので帝王切開で出産しました。
傷は痛かったけど、産後は痛み止めが使えるので、脳の術後に比べたら楽なもんでした。
息子は4182gの特大ベビーで、手術の影響もなく、今は元気につたえ歩きしてます。
「うまれる」を本で読み、色々な出産や家族のあり方があるんだなーと感銘を受けました。
映画も見にいきたいです。
息子は雲の上から「よっしゃ!あの僕のオカンに脳の病気教えたろ!」ってお腹に来てくれたように思えて仕方ありません。
それだけに息子が愛しくて仕方ありません。
本当にうちにきてくれてありがとう。
今生きて元気に子育てする毎日に感謝します。
この出産は人生観をかえる良いきっかけになりました。
人生なにが起こるかわからないので、毎日一生懸命歩んでいきたいです。
投稿者 :ぼーぼー
私は46歳の主婦です。
この映画はまだ観られないのですが、誰かに伝えたかったので投稿します。
私自身がこの6月に3人目の男の子を出産しました。
そして、現在は子育て再出発中です。
主人は55歳ですが24年前に結婚して、長女は20歳、長男が13歳、そして今回奇跡的に妊娠したのです。
子供を授からない方にすればうらやましい限りと言われますし、周りの方を心配させながらも五体満足で自然に産めたことを、奇跡だとも言われています。
その子はもうじき2カ月になりますが、検診でも特別な事も無くて順調に育っています。
今その子の寝顔を見つめながら書いていますが、とてもいとおしいです。
けれどその半面、育てて行けるのかと夫婦で不安な日々なのです。
授かった命は大切にしようと話しあって産む決意をした私でしたが、高齢出産だった為、産む場所も離れた総合病院を紹介されて、6年のパートの仕事を辞めなければ行けない状態になりました。
この不景気に主人だけの収入では、まだ2カ月なのに生活が行きずまっているのです。
このいっさ(ニックネーム)を抱えて私自身が仕事に復帰できるのかどうか?誰でもできる一般事務、特別な資格もない私自身なのです。
私自身が蒔いた種をどうやって育てていけばいいのかと、悩みきれない日々を送っているのです。
私の様な方はいないと察していますが、誰かに伝えたくて、何かを言っていただきたくて投稿しました。
投稿者 :いっさの母
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